毒親育ち、解毒子育て☆

毒親エピソード+子育てエピソードを漫画で描いてます☆閲覧は自己責任でお願いします。

最近の両親との付き合い方

最近、父とは相変わらず全く関わりはありませんが母とは月1回ほどLINEしたりしています。

一時期はあまりの身勝手さに嫌気が差し、一切連絡も取ってなかったのですが…

近頃は私の気持ちに整理が付いて『まぁ最低限の生死確認くらいはするか』というの心持ちになったのでこのようになりました。

 

今まで『両親=毒親=憎む=関わりを止めるが吉』みたいな図式が私の頭の中にあってその通りにしてきました。

でもどんなに関わりを絶って両親の事を憎んでも、私の心は完全には晴れませんでした。(もちろん毒親と密な関係でいるよりは断然良いのですが)

そしてこのブログを始めてデトックス&記憶の整理が出来ると『やっぱり両親と一緒に居るこは出来ないな、遠くに逃げて正解だった』と自分の行動が間違ってなかった事に改めて気付かされ冷静になれたと共に何故か寂しさが残りました。

両親への憎しみ少しずつ薄れ記憶が整理出来たのに、なんで寂しいのか理由が分かりませんでした。

しかし先日、私の元実家を訪ねた事がきっかけで原因がやっと分かりました。

 

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↑元実家近くの公園で遊ぶ息子と甥っ子

 

ずっと疎遠だった父。

私たちがいなくなってからどんな風に暮らしているのか気になって訪ねると、そこに父はおらず…別のご家族が暮らしていました。

どこに引っ越したかは分からず、完全に消息不明になりました。

この瞬間に私は両親への想いを手放す事が出来たと実感しました。

父との接点が完全に絶たれた事が私にとってプラスだったんだと思っていましたが、最近それだけでは無いと気付いたことがあります。

それは…

『私は本当は離婚して1人置き去りにした父にずっと謝りたかった』

『父の事が憎かったけど好きな部分もちゃんとあった』

『もうやり直すことは100%出来なくなって悲しい』

という気持ちが私の中に少なからずあるということでした。

こんな風な感情が自分の中にある事は薄々気付いてはいたのです。

だけどこの気持ちを認めることは長年出来ませんでした。

母からの『父親は人でなし』という洗脳もあったし、この感情を是としてしまえば父にされてきた事も肯定していまう気がして怖かったんです…。

でも父とはもうこれで会うことは無い。

連絡の手段も一切ないと自覚したことでこれらの気持ちを認めてもいいや!と思えるようになったんです。

だって認めてももう何にもならないから!

父に会いたいと思っても会えないし、父にひどい事をされる事ももうない。

父は死したも同然!

私の気持ちはもう自由だ!と思ったら自然と封印していた感情が紐解かれました。

 

しかしながらこの『父に謝りたかった』とか『父も好きな所があった』とか言うのは父対する感情のほんの数パーセントです。

それでも自分の感情を無視し続けるという事は心に大きな歪みを生むものなんだなぁと感じました。

それと同時に自分の気持ちを誤魔化さずに正しく認識する事の大切さを思い知りました。

よく育児本などで子供が癇癪をおこしたり泣いたりしている時に、まず気持ちを言ってあげるというのがあります。

『怖かったんだね』

『痛かったんだね』

『こうしたかったんだね』と。

子供は自分が何に対して怒っているのか、泣いているのか正確に把握する能力がまだ未熟です。

こういう訓練をして自分の感情を正しく認識出来るようになるのですね。

そしてその能力が乏しいと私のように自分で感情の整理ができず苦しむ事になってしまいます。

今まで育児本でこの項目を読んでも『へぇー』程度の興味でしたが今は大切さが身に染みて分かります。

自分の経験を糧にこれからも息子達と一緒に生きていこうと思います。