毒親育ち、解毒子育て☆

毒親エピソード+子育てエピソードを漫画で描いてます☆閲覧は自己責任でお願いします。

両親と私 前編

両親への憎しみがほぼ無くなった今、これから両親とどうやって付き合って行くか、どこまで付き合って行くかを考えるようになりました。

 

冷静になって考えてみると、本当に色々な事で悩みましたがその大半は『 親子』と言う関係を自分の中でこういう物だと決めつけていたのも大きな原因の1つではないかと思うのです。

 

親子だから将来面倒をみなきゃいけない。

親子だから厳しい躾をされても受け入れる。

親子だからお金を送るのは当たり前。

親子だから孫を可愛がってくれるはず。

親子なのに可愛がってくれなかった。

親子なのに性的対象にされた。

親子なのに親の事を好きになれない。

 

と書ききれないほど出てくるのですが、この『 親子』って言うのはこういう物!っていう自分の中の先入観と現実が違いすぎて苦しかったんです。

(毒親に育てられたのに親子という関係が美化されているのが不思議ですが)

 

実際、親になってみると自分が理想としている母親像とは程遠い私がいて『 親子』の概念もだいぶ崩れました。

「両親も大変だっただろうな~」と思う部分もありますが、それを加味しても許せない部分もあります。

 

この『 親を許せない』っていうのも悩み事の1つだったのですが、そもそも『 親子』ってなんだろう?

とよく考えるようになりました

 

お腹を痛めて産んだ子供、血の繋がり、絶対に愛して守るべき存在、生きている理由、自分の分身、何でも分かってくれる人、育ててくれる人、本当は欲しくなかった、政略結婚の道具、お金を運んでくれる人、一生大事にしなきゃいけない、働き手、介護要員…

 

人それぞれで国や文化や時代が違えばその定義も違ってくる。

知識としては分かっているのに自分が理想とする親子関係から外れるのを恐れていた気がします。

なのでもう『 親子』で考えるのをやめにしました!

『 親子』という事を抜きにして『 人』と『 人』として私と母と父を考えてみると…

 

将来面倒をみなきゃいけない。

  ↑ 相手はいい大人なんだから何とか出来るでしょう

厳しい躾をされても受け入れる。

  ↑ パワハラダメ

お金を送るのは当たり前。

  ↑ 恐喝ダメ

孫を可愛がってくれるはず。

  ↑ 子供が好きじゃないのね

可愛がってくれなかった。 

  ↑相性が悪かったんだと諦める

性的対象にされた。

   ↑ 性犯罪者とは付き合えない

好きになれない。

  ↑ 以上を踏まえて人として好きになることは出来ない。

 

 

親を他人として見た時、どんな風に感じるかを想像してみるとこんな結果に↑

こんな人達と付き合えない!

好きになれなくても仕方ない!

と思えるようになりました。

 

そしてこれからは

 父 → 今も絶縁状態だけどこれからも継続

 母 → 親戚のおばさん位の距離感がちょうどいい。 向こうから会おうと言われなければこちらからは何も言わない。

 

という感じで落ち着きました。

少し前ならこんな風に考えるようになるなんて思いもしませんでした。

なので今こうしようと思っている事もいつか変化する日が来るかも知れません。

でも今はこれでいい!

 

長くなったので後半に続きます。