毒親育ち、解毒子育て☆

毒親エピソード+子育てエピソードを漫画で描いてます☆閲覧は自己責任でお願いします。

これから…

こんにちは、野々うさぎです。

最近の近況報告です!

 

長男のこぐまは現在小学1年生になり、毎日楽しく通っていますが、やはり幼稚園とは違いやらなければいけないことが沢山あってちょっと大変そうです。

次男のこうさぎは一歳半になり、日に日に出来ることが増えて目が離せませんが、可愛くて仕方ないです。

主人のくまさんは相変わらずマイペースで穏やかですが仕事が忙しくて疲労困憊のご様子。もう少し子供との時間が持てると嬉しいですね。

私はと言うと、ずっと書いている通り両親への思いは表面化しなくなり、のほほんと専業主婦生活を楽しんでおります。

 

最初このブログを始めた時は、毒親ネタと育児ネタを5:5位の割合でやって行こうと思って始めました。

だけど始めてみたら両親への思いが強すぎてほぼ毒親ブログになりました( ̄▽ ̄;)

なので育児の事は私の育ちに関係する事しか書かないようにしていました。

でも書いてる途中で『 子供たちとの楽しかった事や苦しかった事も、もっとたくさん描きたいな』という思いがだんだん強くなりました。

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特にこぐまに関しては大変だった事が多くて、ブログに書いて頭の中を整理したい思いが日に日にまして参りました。

という訳で近々新しいブログを立ち上げようと思います!

ここのブログはまた両親との関係や感情に変化があったら書こうと思いますが、もしかしたらそのうち非公開にしちゃうかも知れません…。

読み返すと本当に絵も文章も稚拙で恥ずかしいので…( ̄ω ̄;)

 

実は再来月に父の家の近くで用事があり、ついでに家の様子を見てこようかと思っています。

もちろん父には会いませんが、自分がその時どんな感情になっているか想像出来ません。

穏やかな気持ちでいられるかな…

そうだったらいいな~

 

とりあえず、その時までこちらのブログはお休みします。

新しいブログは立ち上げたらご連絡しますので良かったら引き続きご覧頂けたら嬉しいです!

 

 

新しい発見 その3

『 ひといちばい敏感な子』という言葉を知り、こぐまの育児方法の指針が出来た頃…。

更に調べていくと、その大人バージョンもある事が分かりました。

『 こぐまみたいに敏感な子が大人になっても生き辛くて悩んでいる人が沢山いるんだな…これからの参考に読んでみよう』と読み進めると…

 

これ私のことじゃーん!( ̄▽ ̄;)

 

読めば読む程自分に当てはまる…

まるでこぐまの時のデジャブ…f:id:nonousagi:20181010081250j:image

特に気になったのが、『 敏感な人は自己肯定感が低い』という事。

これは私も自覚していたのですが、今まで私は毒親育ちだから自己肯定感が低いんだと思っていました。

『 でも、それは自分が敏感だから自信が無かっただけで親が毒だったわけじゃなかったのか?』

『 今まで散々、親に文句言ってきたのに(ブログで)被害妄想だったのか?』

そんな不安に駆られながら更に読み進めると私の敏感な性格と毒親育ちの影響の関係性が見えてきました。

 

まず敏感な人の特徴として

 ・人の感情に共感しすぎる

 ・人の影響を受けやすい

というのがあります。

ここからは抜粋ですが↓

“敏感な人は相手に共感しすぎて、相手の苦しみや悩みなど背景にあるマイナス感情に影響されやすいのです。

親か周囲の人が問題を抱えていると、それを解決するのが自分の責任だという気になる無意識の癖を持っています。

相手を癒せないのは自分が足りないからだとか、自分がいけないんだと自分を追い込んでしますのです。

自責感や罪悪感、無力感がいっぱいになり、自己評価が下がり自分を肯定出来なくなってしまいます。”

 

つまり敏感な人は周りの人の感情に影響されやすいので、毒親に育てられるとその影響は普通の人より大きいという事ですね。

実際に妹達は私より両親の発言や行動に傷付く事が少なかったようですし、私も今思えば色んなことをネガティブに捕らえすぎていた気がします。

なので…

 

敏感な子 × 毒親 = 相性最悪

 

ってことですね( ̄▽ ̄;)

しかし、これは言い換えれば愛情深く敏感な子に接すればその子にとって素晴らしい人生の糧になるということ。


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私が愛情深い親かと言うと…自信はありませんが、自分自身の子供の頃の経験を子育てにも活かして頑張って行きたいなと思っています。

新しい発見 その2

私はずっと自分の育児方法に自信がありませんでした。

 

こぐまが生まれる前から毒親育ちの自分にきちんとした子育てが出来るか不安で…

産まれてからはずっと泣き続けるこぐまに疲弊し…

お義母さんが来てくれてからは身体的に楽になったけど自分と比較して我が身の未熟さに落ち込んだり…

幼稚園に入ってからは他の子に比べて明らかに消極的なこぐまに戸惑ったり…

 

試行錯誤しながら何とかやってきましたが、ちゃんとお母さんが出来ているか常に不安でした。

そんな時、偶然見つけたのが…

 

『 ひといちばい敏感な子供』

 

というネット記事でした。

こぐまに対して『 敏感』という認識は無かったのですが、言い得て妙だと思い読んでみました。

そこにはチェック項目があって複数個当てはまる、または1項目でもその傾向が強ければ『 ひといちばい敏感な子供』だということで試しにやってみると、ほとんどこぐまにあてはまりました。

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この『 ひといちばい敏感な子』というのはアメリカの臨床心理士の先生が提唱している用語で専門書もあるという事なので早速取り寄せて読んでみました。

すると今まで悩んで来た事や迷いながらやってきた事が、まるでこぐまの成長日記かと思うほど似たことが書かれていました。

特にこぐまに当てはまると感じたのは、

 1、すぐにびっくりする

 2、たくさんのことを質問する

 3、静かに遊ぶのを好む

 4、痛みに敏感

それまで私はこぐまの他にこぐまのような子に会ったことがなく、誰かに相談しても明確なアドバイスがもらえることも無く、こぐまの行動や言動の原因を考えても答えに辿り着けないことが多々ありました。

 

その本は、こぐまような子が世界中に沢山いる事、そんな子が健やかに育っていけるように親ができる事、そして今まで私が手探りで実践してきた育児方法が間違っていなかった事を教えてくれました。

 

『 ひといちばい敏感という子供の気質を受け入れ、それに合った育て方をする』

 

それがこれから私が目指す育児だ!と本に後押しされた事で強く決意する事が出来たのでした。

 

新しい発見

前回、親と私の性格の相性が悪かったと書きました。

それはそう考える事で誰も憎むことなく暮らしていけると気付いたので、多少強引にそう思う事にしたというのも正直あります。

しかし、最近『 例え血を分けた親子でも相性の良し悪しはあるよな~』と実感する事が多々あるのです。

 

ひとつは私と両親の関係。

妹たちと会うと昔の思い出話で盛り上がったりするのですが、その際に両親から言われたことやされた事に関して妹達と感じ方が結構違った事が判明。


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私自身、自分は気が小さいほうだとは思っていたのですが自分が思っていた以上にビビリでマイナス思考な子供だったんだなぁと再認識しました。

 

そしてその遺伝子は受け継がれ…f:id:nonousagi:20180930012942j:image

こぐまも私と同じくかなり感受性豊かな子供なんだと気付かされる事が最近特に多くなりました。

傷付きやすいので言葉選びにも気を遣いますし、臆病なので何か新しい事を始める時もやる気を出させるのに苦労します。

『 両親も、もしかしたら私に対してこんな風に育てにくさを感じていたのかな…』と思う事もあります。

 

私と両親の関係はもう過去の事なので『 相性が悪かった』で済ませば良いのですが、私はこぐまに対して両親と同じ様に子供の性格や気持ちを理解せず思いやる事のない子育ては絶対にしたくありません。

今までもずっと『 自分がされてイヤだった事は子供にはしない』そう思ってこぐまと接してきました。

こぐま大きくなるにつれて私と似た気質が見えてきた事で、その思いは益々大きくなりました。

でも今までの子育て方法が本当にこぐまの為になっているのか?

両親と違う育て方をする事にばかり気を取られてないか?

これからどんな風に接していくのが1番良いのか?

など悩みは尽きませんでした。

そんな時、たまたま目にしたネットニュースに私は釘付けになりました。

 

続きます~。

 

両親と私 後編

私は両親を悪人だと思ってるわけじゃないんです。

許せない事もあるけど、それは2人の一部分で良い所もありました。

 

父はスポーツが得意でたまに父兄参観でレクリエーションなどした時などは大活躍でした。

また明るい性格で友人も多かったです。

母は料理が得意で作ってくれる料理はどれも美味しかったです。

 体が弱かった私のせいで仕事に支障が出る事が幾度となくありましたが、それを責められたことは1度もありませんでした。

 

こうして良い所を思い出して書いているとボロボロ涙が出てきます。

好きだけど嫌い。

嫌いなのに好き。

…なんです。

しかし、

『 こんなにいい思い出が沢山あるんだから根はいい人なんだよ!もう仲良くできるでしょ!』と意気揚々と会いに行ったりすると、

『 やっぱり簡単に性格変わる訳ないわ…めっちゃ暴言吐かれて疲れた…』となるのが常でその感情の上がり下がりの繰り返しがしんどいのでやっぱり会うのは最低限にしようと今は決意しています。

 

そして最近は『 親子関係が悪くなってしまったのは私が原因でもあるなぁ』と感じるようになりました。

自分を責めているわけじゃないのですが思い返すと『 もっとこうしてあげれば良かったかな』と思う事が多くなりました。

例えば先程の父兄参観のレクリエーションの件などは父がはしゃいでいるのが恥ずかしくて賞状をもらっても全然喜べませんでしたし、母に関しては気を遣いすぎて嫌なことはもちろん言えませんでしたが、嬉しい事なども隠してしまい母から見れば「よくわかんない子」だっただろうな~と自分も親になった今は思ったりします。

 

でもそれが私。

こうした方が良いと分かっていても出来ないことも沢山ある。

それは両親も同じだったと思います。

もっと上手くやれば良かったと思う事もあるでしょう。(そうあって欲しい( ̄▽ ̄;))

 

結局、何が言いたいかと言うと…

 

相性が悪かっただけ!

 

って事です。

 

たまたま私との相性が悪かった人が両親だったってだけ!

だから私が悪いんじゃない!

両親も悪くない!(ちょっとは悪いか?)

両者とも悪くないなら憎まなくていいし、自分を卑下しなくてもいい。

わざわざ相性の悪い者同士で一緒にいなくてもお互いに好きな人といればいいんだ。

と考えられるようになりました。

 

今の時点ではこれが私の気持ちの落とし所です。

両親と私 前編

両親への憎しみがほぼ無くなった今、これから両親とどうやって付き合って行くか、どこまで付き合って行くかを考えるようになりました。

 

冷静になって考えてみると、本当に色々な事で悩みましたがその大半は『 親子』と言う関係を自分の中でこういう物だと決めつけていたのも大きな原因の1つではないかと思うのです。

 

親子だから将来面倒をみなきゃいけない。

親子だから厳しい躾をされても受け入れる。

親子だからお金を送るのは当たり前。

親子だから孫を可愛がってくれるはず。

親子なのに可愛がってくれなかった。

親子なのに性的対象にされた。

親子なのに親の事を好きになれない。

 

と書ききれないほど出てくるのですが、この『 親子』って言うのはこういう物!っていう自分の中の先入観と現実が違いすぎて苦しかったんです。

(毒親に育てられたのに親子という関係が美化されているのが不思議ですが)

 

実際、親になってみると自分が理想としている母親像とは程遠い私がいて『 親子』の概念もだいぶ崩れました。

「両親も大変だっただろうな~」と思う部分もありますが、それを加味しても許せない部分もあります。

 

この『 親を許せない』っていうのも悩み事の1つだったのですが、そもそも『 親子』ってなんだろう?

とよく考えるようになりました

 

お腹を痛めて産んだ子供、血の繋がり、絶対に愛して守るべき存在、生きている理由、自分の分身、何でも分かってくれる人、育ててくれる人、本当は欲しくなかった、政略結婚の道具、お金を運んでくれる人、一生大事にしなきゃいけない、働き手、介護要員…

 

人それぞれで国や文化や時代が違えばその定義も違ってくる。

知識としては分かっているのに自分が理想とする親子関係から外れるのを恐れていた気がします。

なのでもう『 親子』で考えるのをやめにしました!

『 親子』という事を抜きにして『 人』と『 人』として私と母と父を考えてみると…

 

将来面倒をみなきゃいけない。

  ↑ 相手はいい大人なんだから何とか出来るでしょう

厳しい躾をされても受け入れる。

  ↑ パワハラダメ

お金を送るのは当たり前。

  ↑ 恐喝ダメ

孫を可愛がってくれるはず。

  ↑ 子供が好きじゃないのね

可愛がってくれなかった。 

  ↑相性が悪かったんだと諦める

性的対象にされた。

   ↑ 性犯罪者とは付き合えない

好きになれない。

  ↑ 以上を踏まえて人として好きになることは出来ない。

 

 

親を他人として見た時、どんな風に感じるかを想像してみるとこんな結果に↑

こんな人達と付き合えない!

好きになれなくても仕方ない!

と思えるようになりました。

 

そしてこれからは

 父 → 今も絶縁状態だけどこれからも継続

 母 → 親戚のおばさん位の距離感がちょうどいい。 向こうから会おうと言われなければこちらからは何も言わない。

 

という感じで落ち着きました。

少し前ならこんな風に考えるようになるなんて思いもしませんでした。

なので今こうしようと思っている事もいつか変化する日が来るかも知れません。

でも今はこれでいい!

 

長くなったので後半に続きます。