毒親育ち、解毒子育て☆

毒親エピソード+子育てエピソードを漫画で描いてます☆閲覧は自己責任でお願いします。

子供は巣立つ

4月から次男のこうさぎが保育園に通い始めました。

まだ慣らし保育中なのですが

今日からお昼寝の後のお迎えになって

時間に余裕が出来たので

朝からワックスがけや庭の手入れなど

子供が一緒だと中々やりにくかった

家事に精を出しています。

 

 

今は普通に出来る庭掃除なのですが

新築当初はすごく嫌いでした。

理由は…ご近所さんに会ってしまうから!

この頃ご近所さんが怖くて仕方無かったのです…。

なるべく会いたくなくて庭掃除も

人が少ない夕方だけ。

ポストに手紙を取りに行くのも

誰も居ないのを見計らって。

でも嫌われるのは嫌なので

挨拶は元気よく笑顔で!

とかなりビクビクしながら生活していました。

理由はやっぱり母です。

 

f:id:nonousagi:20190418123420j:image

f:id:nonousagi:20190418123436j:image


f:id:nonousagi:20190418123445j:image

こんな母を見ていたので

ご近所さん=気を許しては行けない相手

と刷り込まれていました。

 

 

しかし子供が生まれると

ご近所さんと関わる機会が必然的に増え

「もうどう思われてもいいや!」

と開き直って接してみました。

すると、あれだけ怖かったご近所さんは

みんなとてもいい人でした。

子供に優しくしてくれるし

分からないことは親切に教えてくれるし

かと言って無理やり行事に誘われる

ようなこともありませんでした。

私は自分がただの世間知らずだったんだと実感しました。

 

 

母が嫌っていた

ご近所付き合いも

親戚付き合いも

ママ友付き合いも

蓋を開けてみれば楽しい事の方が

断然多いです。

でも子供がいなければ

私はずっとその事に気付くチャンスを

逃し続けていたと思います。

 

 

こぐま、こうさぎ

私をお母さんにしてくれてありがとう。

私を母とは違う人間なんだ

と気づかせてくれてありがとう。

私を1人の人間にしてくれてありがとう。

 

息子の尊敬するところ

先日、子供に対して母のように

怒鳴ってしまうのが辛いと書きましたが

嬉しい事にあれから1度も怒鳴っておりません。

ブログに書いたことで自分の現状を

冷静に見ることが出来たのが

良かったんだと思います。

どれだけこのブログに助けられてることやら…。

皆さん、本当にいつもありがとうございます!

 

 

さて我が家は今、

子供たちの春休み真っ最中であります。

こぐまが先日の終業式の日、賞状を持って帰ってきました。

皆勤賞の賞状です。

こぐまは小学一年の1年間、無欠席だったのです!

さらに言うと幼稚園も3年間皆勤賞でした!

風邪やインフルエンザにも何度かなったのですが

何故かいつも長期休みの時で

仕事をしている親としてはかなり助かりました。

 

 

かく言う私は子供時代、

めちゃくちゃ病弱な子供でした(^_^;)

風邪はよくひくし

激しい運動をすると

すぐに貧血、酸欠を起し倒れて

その後何日も休むという事を繰り返していました。

特に体育の時間は地獄で、

体育の先生に

「激しい運動をすると倒れてしまうので

限界の手前でやめてもいいですか?」

と事前に確認して了承を得るのですが…

いざ『もうすぐ倒れるな』という所で申告すると、

「もうダメなのか!?

もう少しくらい出来るだろう!

あと少し頑張れ!」

と言われ、続けた結果やっぱり倒れます。

すると先生はこう言います。

「そこまでしなくてもいいのに!

ダメそうなら言えって言っただろう!」

という一連の流れが

先生が変わる度に行われるので

年度始めは本当に憂鬱でした。

結局限界まで達してからじゃないと

信じてもらえないんですよね。

 

 

私がこんなんだったので、

息子達にこの体質が遺伝してしまわないか

すごく心配でしたが

今の所こぐまもこうさぎも健康優良児で

安心しております(^^)

こぐまの皆勤賞の賞状は

学期ごとの物、1年ごとの物、3年間全体の物

全部私の宝物です。

色画用紙にコピーした簡易的な物なので

こぐま自身は「別にいらなーい」

って言ってるんですけどね(^_^;)

別に私が皆勤賞だった訳じゃ無いんですが

子供の頃に憧れだった物を

こぐまにプレゼントしてもらったような気分です。

f:id:nonousagi:20190404221610j:image

嫌な授業があったり友達と喧嘩しても

1年間、毎日学校に通ったこぐまを

心から尊敬します。

体調が悪かったり

心が痛むほど嫌な事がある時は

休んでいいんだよ。

と言ってはあるものの

やっぱり毎日笑顔で家から出発する姿は

とても眩しく頼もしいです。

来年も健康に過ごせますように(^^)

これからは自分との闘い

実は最近悩んでいる事があります。

こぐまを叱る時の私の叱り方が、

母に似てきてしまっているのです…。

ちょっと前から感じてはいたのですが最近頻度が上がってる気がします。

原因は何となく分かっているのです。

 

『父と母を許したから』

 

①両親を許す

②両親から受けた心の傷が癒えてくる

③両親からされた虐待の記憶が薄れつつある

④自己肯定感が増しありのままの自分の感情を出せるようになる

 

↑と最近ここの状態です。

自分の感情が出せるようになったのはとてもいい事だと思います。

人に気を遣いすぎてビクビクしてストレスを溜めすぎる事も減りました。

しかしながら、そんな経験は今まで無かったので 程度が分からないのです!


f:id:nonousagi:20190326010501j:image

 

子供に対しても今までずっと

『私は毒親育ちなんだから

人一倍気をつけて子育てをしなくちゃ!』

『母とは違う子育てをしなくちゃ!』

と常に自制して接してきたのですが、

そのタガが外れて自然体で接してみると、

私の言われてきたキツイ言葉をそのまま子供に言っちゃってる自分がいて愕然としています。

母を許したことで母からされてきた事も、

100%ではなくても無意識に肯定してしまっているのかも知れません…。

怖いです…。

 

f:id:nonousagi:20190326003043j:image

f:id:nonousagi:20190326003058j:image

 

今振り返ってみも、

前の私は子育てに対して力が入りすぎて辛かった時期がありました。

でも今のように力を抜きすぎても、

子供も自分も傷つけてしまう…。

 

この中間が1番良いのでしょうね。

自分のストレスも少なく、

子供に対しても緩過ぎず厳し過ぎず…。

うーん、このバランス難しいです( ̄▽ ̄;)

 

正直最近調子に乗っていたんだと思います。

両親からの呪縛がなくなった感じが嬉しくて、

まるで毒親育ちじゃなくなったみたいな様な感覚でいました。

でも感情は乗り越えられても過去は変えられません。

私が毒親育ちなのを無かったことには出来ないけど、

それを卑下し過ぎず、

乗り越えられたことを強みに出来たら…

今より良い子育てが出来るかな。

 

 

模索している最中ですが引き続き頑張りたいと思います。

 

最近の両親との付き合い方

最近、父とは相変わらず全く関わりはありませんが母とは月1回ほどLINEしたりしています。

一時期はあまりの身勝手さに嫌気が差し、一切連絡も取ってなかったのですが…

近頃は私の気持ちに整理が付いて『まぁ最低限の生死確認くらいはするか』というの心持ちになったのでこのようになりました。

 

今まで『両親=毒親=憎む=関わりを止めるが吉』みたいな図式が私の頭の中にあってその通りにしてきました。

でもどんなに関わりを絶って両親の事を憎んでも、私の心は完全には晴れませんでした。(もちろん毒親と密な関係でいるよりは断然良いのですが)

そしてこのブログを始めてデトックス&記憶の整理が出来ると『やっぱり両親と一緒に居るこは出来ないな、遠くに逃げて正解だった』と自分の行動が間違ってなかった事に改めて気付かされ冷静になれたと共に何故か寂しさが残りました。

両親への憎しみ少しずつ薄れ記憶が整理出来たのに、なんで寂しいのか理由が分かりませんでした。

しかし先日、私の元実家を訪ねた事がきっかけで原因がやっと分かりました。

 

f:id:nonousagi:20190310151428j:image

↑元実家近くの公園で遊ぶ息子と甥っ子

 

ずっと疎遠だった父。

私たちがいなくなってからどんな風に暮らしているのか気になって訪ねると、そこに父はおらず…別のご家族が暮らしていました。

どこに引っ越したかは分からず、完全に消息不明になりました。

この瞬間に私は両親への想いを手放す事が出来たと実感しました。

父との接点が完全に絶たれた事が私にとってプラスだったんだと思っていましたが、最近それだけでは無いと気付いたことがあります。

それは…

『私は本当は離婚して1人置き去りにした父にずっと謝りたかった』

『父の事が憎かったけど好きな部分もちゃんとあった』

『もうやり直すことは100%出来なくなって悲しい』

という気持ちが私の中に少なからずあるということでした。

こんな風な感情が自分の中にある事は薄々気付いてはいたのです。

だけどこの気持ちを認めることは長年出来ませんでした。

母からの『父親は人でなし』という洗脳もあったし、この感情を是としてしまえば父にされてきた事も肯定していまう気がして怖かったんです…。

でも父とはもうこれで会うことは無い。

連絡の手段も一切ないと自覚したことでこれらの気持ちを認めてもいいや!と思えるようになったんです。

だって認めてももう何にもならないから!

父に会いたいと思っても会えないし、父にひどい事をされる事ももうない。

父は死したも同然!

私の気持ちはもう自由だ!と思ったら自然と封印していた感情が紐解かれました。

 

しかしながらこの『父に謝りたかった』とか『父も好きな所があった』とか言うのは父対する感情のほんの数パーセントです。

それでも自分の感情を無視し続けるという事は心に大きな歪みを生むものなんだなぁと感じました。

それと同時に自分の気持ちを誤魔化さずに正しく認識する事の大切さを思い知りました。

よく育児本などで子供が癇癪をおこしたり泣いたりしている時に、まず気持ちを言ってあげるというのがあります。

『怖かったんだね』

『痛かったんだね』

『こうしたかったんだね』と。

子供は自分が何に対して怒っているのか、泣いているのか正確に把握する能力がまだ未熟です。

こういう訓練をして自分の感情を正しく認識出来るようになるのですね。

そしてその能力が乏しいと私のように自分で感情の整理ができず苦しむ事になってしまいます。

今まで育児本でこの項目を読んでも『へぇー』程度の興味でしたが今は大切さが身に染みて分かります。

自分の経験を糧にこれからも息子達と一緒に生きていこうと思います。

 

 

1からやり直す その2

元実家へ行ったあの日から、両親との思い出がだんだん鮮明に思い出せなくなってきました。(良い思い出も悪い思い出も)

前は匂いや感触までハッキリ思い出せたのに今は負の感情と一緒に記憶もぼんやりしています。

このブログの自分で書いた過去の記事を読んでも『そう言えばこんなこと思ってたな』とどこか他人事のように俯瞰して見ている自分がいて、戸惑いますが喜びが大きいです。

私の脳みそがやっと忘れるべき事項だと判断してくれたのかなと思います。

 

 

日常的に負の感情に囚われることも無く子供とも楽しく過ごせるようになり、

『私、変わったな』と実感しています。

しかし精神的にものすごく楽になった事で新たに考える事が出来てきました。

それは『あれ?私ちゃんと頑張ってる?』です。

今まで無意識でしたが『毒親育ちだけど頑張って生きてる自分』みたいなものに自分の存在意義を見出していたことに最近気付いてしまいました。

毒親育ちという肩書きが自分の中で薄くなった今、それ以外で自分が自信を持って頑張ってる事って…あるかな…。と考え始めてしまっています。 

若干の虚無感を伴って。


f:id:nonousagi:20190219193733j:image

f:id:nonousagi:20190219193741j:image

子供達と一緒に居ることも今は本当に心から楽しくて、大変な事もあるけど辛いことは何も無いです。

とにかく可愛い!!

家事は元々好きだし、旦那さんは優しい…昔思い描いていた理想の『普通の家族』が出来てる!

今までの人生で辛い事や心配事が無いって事が無かったので『こんなに楽で良いのだろうか』と考え込んでしまいます。

幸せな悩みですね~。

余裕が出来るってこういう事なんですね。

これから先、また子供の事や親の事、仕事の事などで悩む事もあるとは思いますが今はこの幸せを噛み締めながら、自分が今前向きに頑張れる事を検討していきたいと思います。

 

 

 

1からやり直す。

最近本当に穏やかな日々が続いています。

元実家に行ってスッキリしたと前に書きましたが、一過性な物かと思ったのですがちゃんと続いています。

 

感覚で言うとこんな感じ↓f:id:nonousagi:20190212202354j:image

前は日常的に負の感情にぶつかって心が痛かったけど…

f:id:nonousagi:20190212202359j:image

ブログを始めてから記憶の整理ができてぶつかる事が少なくなり…

f:id:nonousagi:20190212202426j:image

今では普通に生活していて思い出す事もなく、存在すら忘れかけて居る感じです。

 

父の事に整理がついたら自然と母への感情も昇華された感じがします。

やっぱり私にとって母の許せない部分は父絡みのことなんだなぁとしみじみ思いました。

 

先日は夕食を作っている時に『お母さんが昔作ってくれた湯豆腐のタレ美味しかったな…レシピ聞いてみよ!』と思い立ち母にLINEしたのですが、それが普通に出来たんです!

今までは何か聞きたい事があっても『ついでに愚痴聞かされちゃったら嫌だから止めようかな…』とか『忙しくて面倒だと思われるかも』なんて思って極力接するのを避けてたのですがそういう感情が湧かなかった事に自分でもビックリしました。

そしてその時に思い出した子供の頃の食卓がとても暖かくて『嫌な思い出もあるけど良い思い出もあったんだよな…』と思えたんです。

 

子供に対しても接し方が変わりました。

これまではこぐまについ怒りすぎちゃったりすると『私がされてきた事よりマシ』とか『お母さんみたいな怒り方しちゃった…すごく嫌だ』とか『普通の親ならもっと上手くやれるのに』などと子供の反応を見る前に自分の感情をコントロールするのでいっぱいいっぱいでした。

しかし先日は怒った後にそういった感情が出てこずにこぐまの顔を見る余裕が出来、とても悲しそうだったので「お母さん怒りすぎちゃったね、ごめんね。大好きだよ」と素直に言えたんです。

 

実家に行っただけで急にこんな風になったので正直少し戸惑っています。

 

とにかく両親への嫌な感情が深く沈んで日常にはほぼ表面化しなくなりました。

良かった…。

ここまで来るのに本当に長かったです。

 

…と、ここまで書くといい事だらけな気もするのですがちょっと困った事も出てきました。(-_-;)

でも長くなったのでまた次回に~。

思い出の我が家 番外編②

妹は親友の死後、変わりました。

人を簡単に信用しなくなり「友達と呼べる人はもう出来ないと思う」と言ったり、気弱な性格だったのに自分の意見をハッキリ述べるようになりました。

きっと妹の中で色々な葛藤があったんだと思います。

そんな中でも今の旦那さんに出会い、結婚して子供も生まれました。

幸せな生活の中でも時々ふと、コアラちゃんの事を思い出し『毎年お墓参りに行こうと思ってたのに全然行けてない、コアラちゃんが居ないと寂しい、コアラちゃん苦しかっただろうな…』と鬱々している事がよくありました。

 

 

そして今回、妹はコアラちゃんのお墓参りを主な目的として地元に帰ったのです。

久しぶりの地元の景色は秋晴れに山が映えてとても綺麗でした。

お線香とお花を買ってお墓に向かう道中、妹が言いました。

「実は2、3日前から今日の事を考えると気持ち悪くなって正直辛かった。コアラちゃんに会いに行けるのに自分の感情がどうなるか分からなくて今も怖い…。」と。

私も全く同じでした。

実家に行って昔の記憶がフラッシュバックするんじゃないかとか、父への憎しみが増してしまうんじゃないかとか、色々考えてしまって吐き気がしました。

でも私も妹も過去を引きずりながら生きるより、例え嫌な結果になったとしても現状を変えたかった。

気持ちを整理するきっかけが欲しかったんです。

 

 

コアラちゃんのお墓は畑に囲まれた小さな墓地の中にありました。

妹は墓前に立つと静かに泣きました。

私は邪魔にならないように席を外し、10分程で戻ってくると妹の表情は涙は流しながらもスッキリした様子で「コアラちゃんに子供を紹介できた!」と嬉しそうに言いました。

 

 

帰り道ではお互い今までモヤモヤしていたものが晴れた感覚(私は父親との事)があり、「行ってよかったね」「スッキリしたね」と話していたのですがまだ興奮状態で何が理由でスッキリしたのかまだよく分かりませんでした。

2週間後、妹が私の家に遊びに来た時言いました。

「コアラちゃんのお墓に行く前、私コアラちゃんに対して『何も出来なくてごめん』とか『苦しかっただろうな』とか彼氏に対しての憎しみで頭がいっぱいだった。だけどお墓に行ったら『コアラちゃんはここで赤ちゃんと穏やかに眠ってるんだな』って不思議と思えたんだ。」と。f:id:nonousagi:20190125215610j:image

その感覚は私が元実家に行って感じた『あぁ、もういいや…』と同じような物なのかなと思いました。

理屈じゃなくふと腑に落ちる感覚というか…。

恐らく色々悩んだり考えたりしたからこそ辿り着いた感覚だと思うのですが、その場所に行かなければそれも得られなかったんだろうなと思います。

 

私も妹も他の人も、色んな事に悩んだり苦しんだりしても、こんなにスッキリ救われる事もあるんだと実感出来た旅でした。

向き合って良かった。

行って良かった。